2011年が終わるにあたって
もう少しで2011年が終わります。
今年は、自分の人生の中でも節目になる年だったと思います。
1月は実質的に常勤教員一人体制の時が生じたときもあり、3年生の実習を進めていくことに、全身全霊を注ぐという感じで始まりました。
2月3月は、そんな実習の記録を見ながら採点をしつつ、4月から自分が中心になって授業の準備をしなければいけないことがわかり、協力していただく皆さんと連絡を取り合って日程調整をして…科研費の報告書を書かなきゃという感じで過ごしていたところに、3月11日が来ました。
津波や原発だとか、多くの被害が伝えられる中で翌日には後期入試のために、帰宅困難者の人の流れに逆らうように南大沢まで必死に駆けつけました。色々な意味で難しい入試でしたが、被災地からの受験生に家族の無事の連絡が届くという一幕もあり、大事な受験生を一時的にでもお預かりすることができたのは良かったのかなとも思います。
卒業式や入学式の中止が決まる中で、教員の欠員が1名という状況で前期の講義が始まりました。担任をしている3年生には少し厳しい言葉をかけたこともありましたが、今行っている実習では、各自が自分の力を出してくれていることに安心をしています。
研究に比べると、教育面で教員が欠けるのはとても負担が大きいものです。さらに今年はカリキュラムの改変期で、各学年に重複して開講しなければいけない担当科目が2科目もありました。
これまで自分が松下先生に頼っていたことの大きさに気が付きましたし、抜けたことによる穴は倍働くということではどうにも埋められない部分もありましたが、学内外の先生方の力に本当に助けられたと感謝しています。
そんな中でも、7月に開催した山崎喜比古先生の退任記念のパーティーは大変良かった出来事でした。震災による延期を余儀なくされ、参加予定の皆様にも色々とご迷惑をおかけしましたが、研究室の極めて信頼のおける先輩・後輩の皆さんの活躍は素晴らしかったです。
また10月の秋田での公衆衛生学会では科研費がらみの自由集会を開きましたが、ここでも後輩たちの協力が大変助かりました。自分のアイディアが基になってはいますが、それぞれの分野での経験や知識がつながると面白さが広がることを実感できました。
そして様々な人たちとの出会いや会話が大変印象に残っています。
7月からは島田先生が着任され、後期は仕事を分担しながら進めることができ、前期のような平日の12,3時間労働と休日出勤が続き、かなり無理をしていた生活からは逃れることができましたが、体にも色々症状が出て、精神的にも疲労感が取れず、鉛のような体を引きずって通勤するような日々も続きました。
就職した時にはこれからの高齢化社会を支えていく優秀な看護師を育てることが10年間の課題だと思って教育に力を入れてきましたが、そろそろ研究者としての次のステップを考える時期に来たのかもしれません。この数年来の課題であった学位の取得も、お金と時間さえあれば難しいことではないように思いますが、それ以上に眼前の興味関心に目をつぶって、学位を取るための研究に専念するということが難しいのが僕なのかもしれません。そこが直結すれば問題ないのでしょうけどね。
今の自分にとって、教授になるとかそういうことに関心はないし、学位を取るから何かいいことがあるというわけではないけれども、院生の指導もしていきたいからやっぱり頑張らないと。博士課程にいる時にはこんなに苦労するとは思わなかっただけどな。
来年の4月からは、看護学科も在宅領域も新しい体制で臨むことになります。
色々、思い悩むことが多いのが現実ですが、過去を悔しがっても前には進めないので、自分の人生の残された時間が何十年あるのかわかりませんが有意義に使っていきたいと今は考えています。
来年もどうぞよろしくお願いします。



